1/17 あの日から15年経って想う
さてさて、本日の午前中はずっとテレビを観て過ごしていました。
阪神大震災から15年。
もう15年経ったのかという気持ちです。

昨年の1/17日は神戸に営業に出ていたので、帰り道に東遊園地で
手をあわせてお祈りしたこと、思い出しました。
当時僕は兵庫県西宮市・甲子園地区に住んでいて
関西在住5年が経過しようとしていました。

1/17日、朝5時46分
「ズゴゴゴゴォー」という地鳴りみたいな音で目が覚めました。
その後、揺れだしました。
揺れってのは、テレビの再現ドラマで画面を思いっきりシェイクしているような時がありますが
全然そんなんではなくて、メトロノームの一番大きい振り子の状態です。
「ガッタン ガッタン ガッタン ガッタン」って感じの揺れ幅がとても大きい状態で
部屋が遊園地のアトラクション状態になり本棚、机、荷棚の中身が全部吹っ飛びました。
部屋にもし背高のたんすとかあったら間違いなく押しつぶされてたように思います。

ただ、幸運にも住んでいたマンションが丈夫だったのと、活断層が現国道176号に沿って
伊丹方面へ抜けたことで、友人に死者は出ませんでした。

学校が再開するまでの2週間、水道も出なかったので苦労しましたが
結構大変な体験でした。

地震後2時間ほどしてから、コンビニへ向かいましたが

街中ガレキだらけ
燃えてる家を目の前にして水が出ない消防車
コンビニ長蛇の列
倒壊した阪神高速(国道43号上)
潰れたトラック

等等、あの日みかけた光景は今でも鮮明に覚えています。
翌日、ありがたい事に電気は復旧し、阪神電車が甲子園まで来てくれたので
大阪に買出しに出かけたりと食料には困らなくなりましたが
給水車には毎日並んで水を貰っていました。

同じ西宮でも、母校の近所あたりは大変な事になっていたと聞いています。
僕なんてむしろ被災者と言う事はできないのかもしれません。

その後すぐ東京に引っ越しましたが
東京で高校卒業してから関西の大学に進学した理由の一つは
この強烈な体験があったからだと思います。
あの強烈な体験を忘れたくない!という想いがあって
多摩は故郷だけれども、西宮が第二の故郷みたいな感じになっていました。

あれから15年。
関西で社会人になり、
今はまた東京に帰ってきてしまいましたが、神戸の復興をさらに見守って行きたいと思います。

時の流れは、早いもんです。
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by arata_yoshida | 2010-01-17 23:06 | 情けない


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